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アダム・スミス-1

アダム・スミスの生涯と功績

アダム・スミス-1

『国富論』や『道徳情操論(道徳感情論)』の歴史的名著を世に残したアダム・スミス。
その思想は現在でも、経済学を中心に大きな影響を与えています。

世界を変えたアダム・スミスの生涯について特集します。

スコットランドで生まれ、グラスコー大学の教授に就任

アダム・スミスは、1723年にスコットランドの港町カーコーディで生まれます。
父はアダム・スミスが生まれる前に亡くなり、母により育てられました。生前、父が役人をつとめており、その遺産が残っていたことから、父がいなくとも困窮せず育てられました。

その後、アダム・スミスは地元の学校を卒業して1737年にスコットランドのグラスゴー市に本部を置くイギリス系の大学であるグラスゴー大学に入学します。

このグラスゴー大学は500年以上の歴史を有する英語圏最古の大学の一つであり、アダム・スミスの他に蒸気機関の発明や電力単位のワットで知られるジェームズ・ワットなど多くの偉人を輩出しています。

グラスゴー大学でアダム・スミスは道徳哲学教授のフランシス・ハチソンから、啓蒙思想を重んじる精神を学びます。このフランシス・ハチソンの教えは、アダム・スミスが後に出版する『道徳情操論(道徳感情論)』の思想の根幹となっています。

フランシス・ハチソン
アダム・スミスに影響を与えたフランシス・ハチソン

イングランドのオックスフォード大学に留学したアダム・スミスは1746年にスコットランドに戻ります。
その後、 スコットランドの首都・エディンバラで行った文学や道徳哲学を教える公開講義を行い、これが好評を得て1751年にグラスゴー大学の論理学の教授に就任します。

『道徳情操論(道徳感情論)』の出版

アダム・スミスは1752年にグラスゴー大学の道徳哲学教授に就任し、1759年に『道徳情操論(道徳感情論)』を出版します。

この『道徳情操論(道徳感情論)』は社会のルールは感情に基づいた道徳によって保たれるという考えを示しています。
もともと人間は自分中心の利己的な存在ですが、人間の本質の部分には、他人に関心を持つ「共感」の感情があり、その共感の感情によって社会のルールと発展が保たれるという考えを提示します。

アダム・スミスはこの『道徳情操論(道徳感情論)』によって学問界に大きな影響を与え、学者としての名声を確立しました。

世界を変える『国富論』を出版 

その後、アダム・スミスは子弟のヨーロッパ遊学につきそうため、1764年にグラスゴー大学を辞職してヨーロッパ大陸に渡ります。

これにより、アダム・スミスはフランスの一流の知識人たちと交流することができました。
なかでも「資本」の活動として経済をとらえる視点を持ったジャック・テュルゴーとの出会いは、アダム・スミスに強い影響を与えました。

1766年に故郷カーコーディに戻り、アダム・スミスは以前から描いていた構想、経済学の著作『国富論』の執筆に専念します。
そして10年の歳月をかけ、1776年3月に2巻セットで約1100ページの大著『国富論』を出版します。

国富論(初版の題紙)
国富論(初版の題紙)

国富論は当時の主流であった重商主義政策を批判する衝撃的な書です。

重商主義政策とは、輸出などを通じて国内の商品を国外で売り、貴金属や貨幣を国内で蓄積することにより、国が豊かになることを目指す経済政策です。この当時でいえば、他国を侵略し支配することで、他国(支配国)に商品を売り、自国は富むという考えです。

アダム・スミスはその考えに対して「そもそも国の富とは何なのか」という根本から考え、新しい考えを提示しました。
アダム・スミスがいう富とは国民の労働によって生産される必需品と便益品の
『消費財』 です。

アダム・スミスは、この富を高めるための具体的方法として生産性を高める『分業』を提示し、分業が人の利己心によって成立すること。
また商品(モノ)の値段についても利己心が働くことを述べています。

このような人の利己心によって個人が利益を追求していった結果、社会的に分業体制が進み、『見えざる手』によって価格が調整され社会がうまくいくという考えを示しました。

『国富論』を通じたアダム・スミスの深い洞察にもとづく自由主義的なメッセージは説得力があり、世間から大きな反響を呼びました。この反響は前著の『道徳情操論(道徳感情論)』以上のものでした。

没後も大きな影響力を誇るアダム・スミス

その後、1778年にスコットランド関税委員(高級官職)に任命され、その職を誠実に務め、1787年にはグラスゴー大学名誉総長に就任します。
この頃から、執筆活動や重役による重責がたたってか、アダム・スミスは健康問題に悩まされるようになります。

そして、1790年7月17日、アダム・スミスはこの世を去ります。

晩年、アダム・スミスはスコットランド関税委員やグラスゴー大学名誉総長を務める一方で、思索をつづけ、『道徳情操論(道徳感情論』を第六版まで、『国富論』を第五版まで改訂しています。

アダム・スミスが世に遺した著作は少なく、生前中に出版されたのは『道徳感情論』『国富論』の二つのみです。
残りは没後、グラスゴー大学時代の学生の講義ノートと遺稿をまとめた『哲学論文集』だけです。

アダム・スミスの著作は少ないものの、その深い哲学的な思想は現代においても通用する普遍性があり、偉大な学者として多くの偉人に影響を与えています。